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――第5話――
~不条理~
数分後、何とか騒ぎは収まり、見物人もほとんどいない程に減った。
闘技場の中心にある、半径10メートルはあろう円形のリングの上には、6人。
樹月にライト、ブレイクにシンクトゥ、そして決闘をしていた二人――レイとゼーランディア。
そのレイは藍色の髪をワックスで散らした、背が高く今風の青年。本名は海魔陵(かいまりょう)といって、他の物質や生物に変形する、即ち変身魔法を使う、ちょっとオバカだけど気さくで面倒見の良いお兄さんらしい。ちなみに今はライトのせいで体中に打撲の傷を作り、リングの真ん中で倒れている。
片やゼーランディアは、レイよりも少し背が高い。瞳の色と同じ橙色の髪。短めでややウェーブのかかった、温かい印象を与える髪形。今時珍しく紳士であり大和魂の男性だとか。ちなみに、ここの制服はこの人の為に作られたのではないかと思うほど純白の制服が良く似合っている。本名は戒炎零(かいえんぜろ)で、炎や熱を精製、操作する魔法を使えると自己紹介してくれた。今はレイに応急手当として治癒魔法をかけている。
ライトは腕組みをし、不満げにそっぽを向きながらブレイクの説教を受けていた。シンクトゥは別段関わる様子もなく近くにしゃがんで歩く人々か何かを見ている。樹月は何もする事が無いので、その様子を全体から見ているという状況。
ブレイクが子どもを諭す親のようにライトに聞く。
「そもそもどうしてレイに物を投げたんだ?」
「ムカついたから」
即答。
「んな横暴な……」
話を聞きそうにもないライトへの説教はしばらく続く。
ここへ来て何度目かの孤独を味わっていた樹月の興味が、そろそろ他の所へ移ろうかといった丁度その瞬間。
「スキありィッ!」
若々しい声が闘技場に響いた。
治癒魔法を受けて回復したレイが飛び起き、余所見をしていた樹月の背後を取り、後頭部を右手で鷲掴み。
そして一瞬の内に、魔法を発動。
次の瞬間、樹月の姿は変わっていた。
スイカほどの大きさで、ぽよぽよたるんだ楕円形のような物質。
青い半透明で、表面には光沢があり、ぷるぷると小刻みに震えている。
要するに、“スライム”である。
(何だこれ……俺、どうなってんだ?)
ゴーグル越しに見たような、青く半透明の世界が目に映った。
五体の自由は利かず……そもそも手足がないようだ。
スライムの気持ちが少しだけ分かった気がした。
「気絶したフリしてたんですね……」
シンクトゥが言うと。
「通りで妙だと思った……」
と、ブレイク。
「それで治癒魔法をかけ続けても起きなかったんですか……」
ゼーランディアが溜め息混じりに。
「はっはっは! どうだ、凄いだろ! 樹月と言ったか。君もラッキーだな。スライムになれる機会なんて滅多に」
「元に戻せ」
言ったと同時、ライトが跳躍。そのまま凄まじい速度で空中で体を捻り、強烈な回し蹴りをレイの後頭部に打ち込んだ。クリーンヒット。
蹴りとは思えない程爽快で派手な音が響いた。
「っぎゃああああ!!」
叫び声を上げて吹っ飛び、頭を抑えてのた打ち回るレイを、ライトは無情にも踏み付ける。
「やっ、やめっ! も、元っ! 戻すっ! がっ! ぎゃっ!」
ライトは一層楽しそうに、レイを踏み続ける。
(恐っ……!)
スライムになった樹月は、純粋にそう思った。連続で踏み付けしている姿も怖いが、それを楽しそうにやるのがまた恐かった。
「ライトさん、その辺にしませんか? 死んでしまいますよ」
「……そうだな」
ライトは足でレイの腹辺りをぐりぐりしながら頷き、最後にもう一発腹に蹴りを入れてレイから離れた。
レイは白目を剥いている。
(……恐かった)
樹月のその心情を汲み取ってか、ブレイクがしゃがみ込み、スライム姿の樹月に囁く。
「あの顔をよく見ておくと良い……。あれがドSの異名を取る者の表情だ」
樹月は声も出せない状態なので、ぷるぷると震えるだけ。
シンクトゥはボロ雑巾のようなレイを覗き込むように見て。
「あー……今度はホントに気絶してるね」
ゼーランディアは困った顔。
「起きるまで樹月さんを元に戻せませんね……。またレイさんに治癒魔法をかけないと……」
「元はこいつが悪い」
ライトはズタボロなレイを指差し、自分の罪を完全否定。
「まぁ、それはそうなんですけど……」
思わず苦笑いするゼーランディア。
一同は、いつもの事だと割り切った表情で、それぞれため息を吐いていた。
その後、結局その場にいた皆の治癒魔法で回復したレイに、最後にもう一度ライトが蹴りを入れた後、樹月は短かったスライム人生から復帰した。
樹月が戻った後は、ゼーランディアとレイがそれぞれ自分の魔法について説明したり、樹月の練習相手になったりしてくれた。練習の成果は全く出なかったが。
ライトには「才能がまるで無い」とか「帰った方が良いな」とか言われた。ならば何故連れてきたのだろうか、というツッコミは心の片隅に閉まっておいた。
ブレイクの魔法も知りたかったが、「しかる時が来たら」と言いくるめられてしまった。
その後も魔法についてや、X-Juidの施設、最低限覚えておいた方が良い知識など、様々な事を教えてもらった。
ただ、気にかかったのは、誰一人として「過去」を語ろうとしなかった事。
しかし、それは自分も聞かれなかった事なので、無駄に詮索しようとは思わなかった。
それと、気にしていた「自分がX-Juidに連れてこられた理由」についてもカスりもしなかった。
皆があえてその話題に触れまいとしていたように感じたのは気のせいだと思っておく事にした。
十数分ほど話しただろうか。まだ話し足りないとは思ったが、皆任務の予定などもあり、あまり長話は出来ないようだった。
樹月とライトを残し、騒がしかったメンツは各々の行動のため解散した。
闘技場の中心には樹月とライト。
ライトは疲れた様子も無く。
「さて、次だ。そろそろコードネームの登録手続きが済んだ頃だろう」
「と、言うと?」
「制服だ。本当は確認が必要だが……面倒臭い。とりあえず着とけ」
「へ?」
すっかり恒例の「選択権無し」だ。ここの人達はどうやら人権を無視するのがお好きなようだ。
そして、ライトが樹月に手のひらを向けた瞬間、樹月が纏っていたのは今まで自分が見る側だった純白の服。
皮肉だが、樹月には余り似合わない。サイズはピッタリで制服自体はカッコイイ。極めつけは運動用のジャージよりも動きやすい不思議。
樹月が感動に浸っているのを見ているのか見ていないのか、ライトは直ぐにどこかを向く。
「さて、早速任務に移ろうと思ったが……その前にやる事があったな」
休ませてくれそうな様子は一切無い。
「こっちへ来い。新入りが必ずやる仕来りのような物だ。まぁ……無茶をしなければ命までは落とさないだろう」
(……どんだけ)
どんな仕来りだ。何をするのか。一人でやるのか。どこへ連れて行かれるのか。質問は山ほどある。心の準備も出来ていない。
勝手に歩き始めるライトを流石に制止しようと樹月が動いた刹那。
周囲が妙だ。
辺りが霞んで見える……いや、これは……霧?
しかし濃すぎる。1m先すら見えない。当然ライトの姿も。闘技場だった景色は一瞬の内に真っ白な世界に包まれた。
これは魔法か? もしかしてもう先刻言ってた仕来りは始まってるってことか?
どう動けば良いか分からずうろたえる樹月。
ドサリ。
突然、樹月は自分の背中に何かが落ちた感覚を覚えた。
(な、何だ? 奇襲か?)
驚きの余り樹月は振り返るが、何も無い。視界は真っ白。
どうやら“それ”は樹月の後頭部にくっついているようだ。頭をぶんぶん振っても全く取れない。
混乱と恐怖から樹月が叫び声を上げそうになった途端。
「怪しい奴です……。キミ……誰です? 部外者ですか?」
後頭部にくっついた何かが言った。
とりあえず物凄く焦って錯乱状態になりかけてはいたが、話が通じるようなので落ち着いてそのまま話しかける。
「俺は、倉野樹月。コードネームはクラヴィウス。今日ここへ来たばかりです。そういう貴方は、誰ですか……?」
「へー……。うちは雫です。河霧雫。コードネームはミスティアで、れっきとしたX-Juidのメンバーなんですよ」
後頭部にしっかりしがみついたまま、おっとりとしたゆっくりめの口調で、あどけなさを感じる柔らかい声で、河霧雫(かわぎりしずく)は言った。頭に乗ってる重量も考えると、間違いなく子供だ。
「凄いですか? この霧がうちの魔法なんです。もっと頑張れば幻覚とか幻聴も出来るってわけです」
(成る程……)
X-Juidにこんなに小さな子供がいた事にも驚いたが、この子が言っている事が本当なら、霧に幻覚、幻聴という魔法は恐らくとんでもなく強いのだろう。
物理的破壊力は無いが、相手を精神から突き崩す。自分でさえ霧だけであの状態だったのだから、子供とはいえ恐ろしいものだ。
それにしても、後頭部にしがみついたミスティアが中々離れてくれない。降りるようお願いしようと樹月が口を開きかけた瞬間。
「ああああああああぁぁああぁああああっ!!!」
ズドッ。
突如霧の中を叫び声を上げながら突っ込んできた“それ”を避ける事も叶わず、流れに任せて、突進されるまま吹き飛んだ。
樹月はそのまま闘技場のリングの上を滑走し、客席に落ちてようやくその動きを止めた。
しばしの沈黙を破って、いつの間にか樹月の後頭部から離れて無事に着地していたミスティアが言う。
「舞さん何してるんですか……」
樹月に猛烈なタックルを喰らわせた少女は、何事もなかったように立ち上がる。
「あ、どうも雫さんッ! いやはや、その辺を散歩してたら急に辺りが真っ白になったモンで……」
やかましいくらいハイテンション且つ活発な声で述べる。
「で、どうしてクラくんにタックルしたんですか」
意識朦朧とした樹月がリングに這い上がってくる。そしていつの間にか勝手にあだ名を付けられている不条理。
「ノリっす」
不条理。
「納得です」
不条理。
いつの間にか霧も消えてるし。
ミスティアはよく見たら本当に小さい。樹月の膝くらいの身長か。
舞と呼ばれていた少女は、茶髪でやたらボサボサの無造作ヘアー。男性的イメージを受けるサッパリとした顔立ち。しかしその目はくりっと丸く、幼い少女の雰囲気も醸している。
「クラくん生きてるですね。舞さん、挨拶です」
「あ、そうっすね。あたしは胡蝶蘭舞って言うっす。まだ入って数日の新入りっすけど。皆からは舞さんとかトリヲ様とか焼き鳥って呼ばれてるっす。トリヲっていうのは私のコードネームっす。あ、そうそう、焼鳥って言ったらこの前雫さんとあたしがもごがご」
「その話はまた今度にでもするです」
猛烈な速度でまくしたてるトリヲに飛びついたミスティアがトリヲの口を押さえて冷淡な顔をして言う。
それにしてもよく喋る人だ。相手さえいれば一人でずーっと喋り続けられそうだ。
瀕死の樹月の心境を酌んでか、ミスティアが言う。
「こちらはクラくんです。コードネームがクラヴィウスだからって事にしてるです。本名は……忘れたです」
不条理。
「そーっすかー。それじゃ、よろしくっす、プランクトンズさん」
不条理。
ふと、樹月の後ろから声がした。
「ん? そこに居るのはミスティアと……トリヲか?」
「あ、ライトさんこんにちはーです」
「どーもっす」
軽く挨拶を返すミスティアとトリヲ。
「そいつが死にそうなのは……」
ライトが樹月を一瞥して訝しむ。
「あー、大した事ないっす。あたしが吹っ飛ばしただけっすから」
不条理。
「そうか、それなら心配はいらんな」
不条理。
「ところでトリヲ、例の試練はもう行ったか?」
「あ、まだっす。説明は受けたっすけど」
「それならば丁度良い。こいつと一緒に行ってこい」
倒れている樹月を足で突っつくライト。
「ナイスアイディアです」
相槌を打つミスティア。
「え、2人でもおーけーなんすか?」
「ああ、問題無い」
話の意図がいまいち掴めない樹月を他所に、ライトは急に跪き、地に両手を付けた。
青白い光がライトの両手から立ち上ったかと思うと、急に樹月とトリヲの足元に円形の穴がぽっかりと。
「へ?」
まともなリアクションを取る暇さえ与えられず、樹月とトリヲは真っ逆さまに穴の底へと落ちていった。
X-Juidの仕来り……〝試練〟を受けに。
その日2度目の落下をしながら、樹月が途端に思った、たった一つの言葉。
……不条理。
第1幕~完~
――第4話――
~ぶ?~
その後の沙夜、マリオネット、ライトによるコードネームについての三つ巴の口論は省略。
「それじゃあ、登録の手続きは私に任せてね」
そう言い残し、沙夜は笑顔のままフッと、音も無くその場から消えた。瞬間移動の魔法を使ったのだろう。
残ったのは、口論に勝利して少し満足そうなライトと、口論に敗れて部屋の隅で座ってふてくされているマリオネット。この上なく複雑そうな顔をしている樹月の三人。
「さて、コードネームも決まった事だし、決まり通り本拠地を回るとするか。……お前はもう帰って良いぞ、マリオネット」
マリオネットは一層つまらなそうな顔をして。
「えー……ウチも樹月君とデートしたいわー」
「……お前ホントに何しに来た」
果てしなく困った顔をしている樹月を他所に、二人はまた口論になりそうな気配。
樹月が、そろそろ止めに入らなければと思った時。
「あああっ! こんなトコに居たあっ!!」
甲高い声。
ドアを物凄い勢いで開け飛び込んできたのは、マリオネットより年下に見える少女。
例の如く純白の服を着ていて、和服の高級金糸のように滑らかで煌びやかなセミロングで外跳ねの髪を揺らし、目は大きくて丸い印象的な。
肩で息をしているところを見ると、直前まで相当な運動をしていたのだろう。
「あ、見つかってもた」
「見つかってもたじゃなーいっ!」
両手をぶんぶん上下に振り、抗議する金髪の少女。
「ルドナーラか……。どうした?」
ライトが尋ねると。
金髪の少女、ルドナーラは怒った顔でまた声を張り上げる。
「聞いて下さいライトさんっ! マリオネットが任務ほったらかして消えたんですっ!!」
「……」
ギロリとマリオネットを睨むライト。それに合わせてルドナーラもマリオネットへ視線を送る。
マリオネットは困った苦笑いを浮かべて。
「ま、いつもの事やし、ええやん」
「「いつもの事にするなっ!!」」
暫らく口論、もとい三人の醜い喧嘩が続く。
完全に弾かれた樹月は部屋の隅っこで手をかざしてみたり、体に異変が無いか色々と試している。
「大体! 何でこんなトコにいるのっ!?」
ルドナーラに怒鳴られ、マリオネットは多少たじろぎながらも。
「樹月君に会いに来たんよ」
「へっ? 樹月君って?」
あれやー、とマリオネットが部屋の隅を指差す。
樹月も急に指差されて反応する。
「あれ、って……え? もしかして新入りの方ですか……?」
おずおずと尋ねるルドナーラ。樹月は頷く。
「ああっ! すみませんっ! 挨拶が遅れましたっ!! えと……私、神城ですっ。下の名前が水奈で、コードネームはルドナーラです」
ルドナーラは、神城水奈(しんじょうみな)と名乗って可愛らしく微笑む。
とりあえず自己紹介をされたので。
「俺は、倉野樹月。コードネームは……クラヴィウス」
これで良いのかな、とか思いつつも自己紹介してみる。
ルドナーラはまたニコリと笑う。誰も口を入れないということは、これで大丈夫なのだろうと安心。
「私が得意なのは治癒魔法です。よろしくお願いしますっ!」
「治癒魔法?」
樹月が聞き返すと、ルドナーラはまた驚き。
「え……? ああー……まだ全然知らないんですねー。治癒魔法っていうのは言葉の通り、ケガや病気の治療などが出来るんですよ。死人の蘇生は無理ですけど……」
「貴様もよく聞くだろう。ホイミとかケアルとか」
樹月は、ライトの言葉を受け流して。
「それは、すごいですね」
「はいっ! 例えばですね、樹月さんはメガネをかけてるという事は視力が悪いんですよね? そういうのを……」
ルドナーラは、てててと樹月に近づき、樹月の顔面近くに手を翳す。樹月は少々驚きながらも、身を引かずにそのまま立つ。
すると、ルドナーラの手が光ったように見えた後、樹月の目の辺りに、例えるなら風呂に入って疲れが取れていくような暖かい感触。
数秒後、ルドナーラは樹月の顔面近くから手を引き、言う。
「こうやって視力を戻す事も出切るんですよー」
樹月がレンズ越しに見る景色は、ぼやけていた。慌ててメガネを外す。すると、そこには今までレンズ越しに見ていた風景より更に鮮明な世界が映っていた。
「凄い……」
正直に感嘆する。魔法とは本当に何でもありか。樹月は要らなくなったメガネを、とりあえずケースに入れてズボンのポケットに突っ込んでおいた。
「私達は皆が一人一人それぞれ得意な魔法の種類を持ってるんですよー」
ルドナーラは自慢げに。
「まあそれは後々少しずつ分かる事だ。今こいつに話しても説明の時間が無駄だ」
確かに、沙夜が何千や何万もの種類があると言っていた。だがそれら全てを説明されるのは気が遠くなる。
「そうですねー。それじゃ、私はマリオネットを連れて任務に戻りますので!」
「ああ、頼んだ」
ライトが言うと、ルドナーラは未だに文句を垂れているマリオネットの首の後ろ辺りの襟を掴み、子猫を連れて行く母猫のようにマリオネットを引きずって部屋を出て行った。
「樹月くーん。また会おなー」
やがて二人は見えなくなり、部屋に静寂が戻った。
一息。
「ようやく静かになったな……」
「……」
本当に嵐のような人たちだった。
ライトはすぐに踵を返し、ドアを開けて部屋を出る。
「騒がしい奴らも消えた事だし本拠地を回るぞ。付いて来い」
「はい」
二人は、幾重にも繋がる巨大な通路を右へ左へ進んでいく。
途中、道端で見たことの無いような物を売る店があったり、RPG定番の武器屋、防具屋があったり、何かよく分からない異形の物を売っている店があったり、魔法で手品か芸のような物を披露している人がいたり、色々。
それら全てに樹月は好奇心を持ちながら、ライトに付いて行く。歩いてみると、広さに比例し、ここには多くの人が住んでいる事が分かってくる。
すると、何度目かの通路を右に曲がった所で人だかりが見えてきた。ライトも気になったようで、人々が集まる所へ向かう。
通路を進むと、多くの人が樹月が最初に来た広場よりも広い、例えるなら闘技場のような所に集まっている。樹月は一瞬、その人の多さに圧倒される。
「うおぉっ!レイが青龍に変身したっ!」
「すげえ戦いだ!」
「いや、だがゼーランディアも余裕だぞ……!!」
その闘技場のような場所の後ろの方で、前の様子がよく見えないような二人組みが話をしている。
「あれ……何やってるんでしょう」
「……決闘だな。また例の二人だろう」
「好きですね、レイさんも」
「まあ、今日もまたどうせ……ゼーランディアの勝ちだな」
樹月は、人に話しかけるのは得意ではなかったが、少し勇気を出して二人組みに話しかけてみる。
「あの……これは何をやっているんですか?」
会話をしていた二人の男は振り向き。
「ああ、見ての通り、レイとゼーランディアがいつもの決闘をやっている」
初めて聞く名前に、樹月は首を傾げる。
二人の男の背の低い方が、樹月のTシャツ、長ズボン姿を見て。
「あれれ、その格好、もしかして新入りですかね?」
背の低い方が背の高い方に聞く。
「の、ようだな……。一応ルールとして自己紹介をさせてくれ。私は破山道。破山道武(はざんどうぶ)っていうのがフルネームなんだがな。で、コードネームはブレイクだ」
白髪で長髪。昔の西洋貴族のようにオールバックにして整えられた髪形。
背は高く、高貴でカリスマ的雰囲気をバリバリ漂わせてはいるが、嫌味な素振りはなく、むしろ人見知りする樹月が話しかけられたほど、接しやすいオーラが出ている。ついでに、キリッとした顔立ちが物凄くイケメン。
ココの人たちが着ている純白の服も、この人が着ているだけでまるで貴族服のよう。キッチリと着こなし、バッチリ決まっている。
それにしても。
ぶ?
今、ぶ、って言った?
名前が、ぶ?
珍しい人もいるものだ、と樹月が関心している間に、ブレイクの隣にいたもう一人の男が樹月ではないどこかを見ながら自己紹介をする。
「僕、ひとし。山田ひとし。コードネームはシンクトゥ。よろしく」
これまた不思議なオーラを発する人だ。樹月が高校に通っていた頃にも、こういうユルくて不思議なオーラを発する人がいた。まあ当然の如くクラスメイトからは引かれていたが。
この人もまた結構な長身で、髪の毛は悪い例えを用いるなら埃のような灰色。手入れがされている風ではなく、ボサボサ無造作ヘアー。やっぱり埃。
顔もこれ以上なくユルい。ボーっとしていて口は半開き。目線の焦点も定まっておらず、物凄い勢いで虚空を掴んでいる。
服も、面倒臭がりの中学生のようなダラしなさ。このキッチリした武と何故一緒にいるのか不思議なほど正反対。
「俺は、倉野樹月です。コードネームは、クラヴィウス。どうぞよろしく……」
で、頭を下げる。
それを聞いて、武は驚いたように。
「ん? 倉野樹月って言ったら……」
続いてシンクトゥも思い出したように。
「あ……今日連れてきた新人の名前と同じですね」
「俺を知ってるんですか……?」
ブレイクは頷き、シンクトゥの肩に手を置く。
「知ってるも何も、こいつ……シンクトゥは君をここへ連れてくるための瞬間移動の“道”を作った張本人だ。間接的に連れてきた事になる」
ということは……この男、シンクトゥは、ライトが言っていたパソコンとこことを繋いだ同士という人なのだろう。そういう専門の人がいるという事は、そういう事が出切るのは恐らく凄い事なのだ。
にしても、これは何かの縁だろうか。
「まさか、そんな人に会えるとは、思いませんでした」
樹月は心からそう思う。間接的ではあるが、この人も自分を別世界へ連れてきてくれた人。感謝したいと思った。
「私達も驚いたよ。だが、“魔力”とは“引き合う力”でもあると聞く。それは運命のようなもので、決して偶然ではないのかもしれないな」
武は、この出会いに対してか、その法則に対してか、満足げに頷く。
「ところで、君の“付き人”は……?」
しばらく何も言っていなかったシンクトゥが、急に場の空気を壊し、樹月ではないどこかの一点を見つめながら聞いてくる。
「付き人……?」
樹月は人の目を見ずに話すシンクトゥの態度に少し戸惑いながらも、初めて聞く単語に反応する。
「ああ、君を連れてきた人の事だ。ココに慣れるまで、しばらくはその人が付き人となり、案内や説明などをするのが仕来りなのだが……」
樹月が顔をしかめて頭に疑問符を浮かべたので、ブレイクが補足をする。
樹月はそれを理解し、
「では、ライトさんの事ですね」
突如。
ずざざっと、二人が敏感に反応し、その場から2、3歩引いた。二人とも驚きを隠せない様子。
しかし、むしろ驚いたのは樹月の方。
「どう、したんですか……?」
慌てて尋ねると。
「倉野君、可哀想だな……」
「哀れというか……」
「……?」
やはり、ライトとはそれだけ別の意味で凄いという事?
「だって……“あの”ライトだろう?」
「“あの”ライト……」
よく見ると、二人の目線の先は自分ではなく、その後ろ……?
「……?」
そういえば、会話に夢中でライトの事をすっかり忘れていた。自分を置いてどこかへ行ってしまったのか?
「倉野君……回れ右だ。ゆっくりと」
「そう、焦らず……」
「……?」
それにしても、何やら周りが妙に騒がしい。
とりあえず、二人に言われた通り、ゆっくりと回れ右をしてみると。
「うらああああああっ!!」
まるで酔っ払ったかのように、物凄い声をあげて闘技場の中心へ物を投げるライトが、少し離れた所に居た。
男が大人数で止めようとするが、ライトは止まる様子もなく、次から次へとビンやバットやガラクタを召還し、投げる、投げる、投げる。
樹月はただ唖然とし、後ろの二人は同時にため息。
「死ねえええええっ! レイッ!!」
何かを叫びながら、ひたすら、投げる。
樹月はどうする事も出来ず、ただその状況を、終わりが来るまで呆然と見ている事しか出来なかった。
――第3話――
~ロープレのノリだ~
黒タイルの空間に、壁も天井もない簡易な教室がポツンと。
教卓に沙夜、イスに樹月。少し離れた位置にライトが立つ。
沙夜は教卓から樹月を見て。
「まずは、強引に貴方をここまで連れて来てしまった事をお詫びします」
言って、丁寧に頭を下げる。
とんでもない。
むしろ、今の自分は恐らく今までの人生の中で最高にワクワクしている。
何もかもが新しい世界。横暴ではあったが自室から自分を引っ張り出してくれたライトにさえ感謝している程。
夢も未来も無く。ただパソコンの画面を見つめて、時間の感覚すら無くしかけていた自分を引っ張り出してくれたライトに。
色々考えているところへ、沙夜が割り入るように言う。
「授業の前に、貴方に教えられない事があります」
「それは、何ですか」
「貴方をここへ連れてきた理由と、X-Juidに入団してもらう理由です」
「…………」
やはり自分の入団は確定なのか。というよりも前に、理由が言えないのは何故だろうか。
「ですが、貴方がX-Juidに入団して、与えられた指令をこなし続ければ、いつかは必ず理由が分かります」
「そう、ですか……」
答えを急ぐなという事か。それならば心配は要らない。元々自分はせっかちな性格ではないと自負しているし、「答えを急いではいけない」は自分の座右の銘である程だ。
「さて! では改めて。勝手ですが授業を始めたいと思います」
ライトが遠くから学校のチャイムの音を鳴らす。樹月はこれも魔法なんだろうな、とか、鳴らす必要があるのか、思いながら。
「出席を取りまーす。いない人はいますかー?」
誰も手を挙げない。
「全員出席でーす☆」
樹月は思わず唖然。
キッチリしていると思ったらこんないい加減な一面もあったとは。
どことなくライトと似通うところを見つけてみたり、みなかったり。
この事はとりあえず「お茶目」で流す事にした。
「さて、貴方にはX-Juidへ入団した後、ここの団員として活動して貰いますが、その前に説明する事があります」
沙夜はペンでホワイトボードに大きめに「魔法」と書いた。流れるような綺麗な字体だ。
「この世界に“魔法”はあります。良いですね?」
「はい」
この状況で、どうやって否定できよう。もう既に腹は括っている。
沙夜は満足げに頷いて。
「“魔法”とは、“魔力”という人間の潜在エネルギーを様々なエネルギーに転換して操る技術です。そのエネルギーの種類は数千、数万にも上りますが、詳しい数値を出すのは不可能です。私達はこの“魔法”を使い、様々な活動をしています」
何だか急に難しい話になった気がするが……分からなくもない。
「ロープレのノリだ」
ライトが遠くから言う。
(あ、そう……)
そういうカンジで良いなら分かり易いのだが。
沙夜は笑顔で続ける。
「“魔力”とは、“核”という、人間の体内に存在する動力源から生み出す事が出来ます。魔力を生み出す為には体内のエネルギーを核へ集めるので、魔法を使用し続けると激しい疲労や空腹、睡魔などに襲われます。訓練次第で持続力も上がりますが」
「レベルアップのノリだ」
ライトがまた遠くから言う。
(あ、そう……)
何故かライトが言うと分かり易いのは置いておく。
気付けばいつの間にかペンが独りでに浮いてホワイトボードに字を書いている。
疲労、空腹、睡魔……。魔法は無償では使えない、等々。
「そして、X-Juidに入団している人は、全員が魔法を使えます」
と言う事は。
「俺も、入団すれば、魔法を使えるという事ですか」
「はい。ちなみに魔力の伝授は数秒で終わります」
(数秒……)
ならば、とんでもない苦痛を伴うのか、はたまた人格が変わったり死の危険があったりするのだろうか。
樹月が色々な恐怖を想像していると。
「薬を飲む感じのノリだ」
と、ライト。
(あ、そう……)
要はあっさり終わる、という事で良いのか。
「さて、貴方も随分気にしていると思いますが、X-Juidの活動の事です」
思わず聞き入る。上半身が自然と前の方に寄る。
「簡単に言うと、本部から出された任務をこなすのですが、その具体的な説明は面倒臭いので、その場で任務が下されるのを聞いて下さい」
思わず転びそうになる。座っているのに。
「では、これで授業は終わりです」
一応、形式上。
「ありがとうございました」
樹は言って立ち上がり、礼。
一息。
「さて、それでは入団してもらいましょう」
(……やっぱり選択権無し……?)
だが。
どうせここで入団しなかったところで、待つのは今までの生活。両親にも既に見限られ、自分には“未来”など無い。それに、今の自分は好奇心のカタマリ。表には出さないようにしているが、少年に戻ったようにワクワクし続けている。この新しい世界の事をもっと知りたいと思う。
そして何より、自分がここに連れて来られた理由。今は皆目見当も付かないが、知らなければいけないような、そんな義務感まで沸いてくる。
こんな自分にも、可能性があるのだ。
後戻りするという選択肢は、最早樹月の頭には無かった。
「樹月君……で、良いかしら? 光もこっちへ来て」
二人は言われたままに沙夜の元へ。
例によって、あの吸い込まれる感覚。
数秒後には、3人はまた先ほどの狭い部屋にいた。
沙夜はカウンターの向こう。樹月とライトは入り口側と、さっきと全く同じ位置。
「では、伝授を行います。これが終了すれば貴方は晴れてX-Juidの団員です。心の準備は良いですか?」
「はい」
即答する。もう迷いは無い。
「では、こちらへ近づいて下さい」
言われて、樹月はカウンターに密着する程まで近づく。
沙夜は目を閉じ集中する。すうっと息を吸い。
右手を樹月の目の前に翳した。
樹の視界が、一瞬、眩い光で覆われた。
頭の中に、何かが入ってくる感覚。気分は悪くない。柔らかく、温かい。
意識が遠のいていく――。
――……い!おい!
「おい!!」
ライトの声が樹月の耳に飛び込んでくる。
水底から引き戻される感覚出樹月が目覚め、虚ろだった目が焦点を取り戻す。どうやら立ったまま半分意識を無くしていたようだ。
「起きたな。魔力の伝承は完了だ」
ふら付く体を両足で何とか支え、頭を押さえる。
「あまり、異変は感じませんが……」
「魔力があるからといって最初から魔法が使える訳ではない。1レベルの勇者が魔法を使いまくれないのと同じだ」
(あ、そう……)
既にパターン化したやり取りは置いておいて。
「樹月君にはこの子と一緒に本拠地をある程度回って頂いた後、正式に魔法を習得して貰おうと思います。魔法の習得についてはその時にまた知らされるので、頑張って下さい」
とりあえずはライトについていけば良いという事か。あまり嬉しい気分ではないが。
「それじゃ、私の役目はここで終わり。二人とも頑張ってね」
沙夜が輝かんばかりのウインクをした直後。
「こんちゃーっす!」
突然、樹月とライトの背後から元気で明るく、うるさいくらいの声。
二人が振り返る。沙夜も少し驚いているよう。そこにはいつの間にか一人の少女。
「マリオネット……気配を消すのは止めろ」
「えー? 別にええやん。クセやし」
マリオネットと呼ばれた少女は、弾けんばかりの笑顔でさらっと言う。
樹月より年下だろう。背は低く見た事が無い程細い体系で、ライトや沙夜と同様の純白の服を身に纏っている。ただ、袖の部分が大きく広がっていて、常にぶらぶらしている。髪は血のような赤黒い色。後ろで結び、散らばした今風の髪型。その二つのポイントは薔薇を連想させる。
整った顔立ち。瞳は紅蓮で満ちていて、口元には常に悪戯な笑みを湛えている。
「そこにいるのが新人さん? へー……髪が紫かー。ライト、オモロイ子連れてきおったなー。ウチにくれ」
(……へ?)
何を言っているのか理解に苦しむ樹月。
「何をしに来たんですか? マリオネット」
沙夜が尋ねる。
「えー、冷やかし~」
「帰れ」
無表情だが怒りを込めた口調でライトが言う。マリオネットは気に留めず。
「新人さん、名前なんてーの? ウチと付き合わん?」
笑顔で詰め寄ってくるのが正直怖い。樹月は圧されて後ずさり。
「いやマジで帰れ」
ライトの手にはその部屋で出すには大きすぎる大包丁。その切っ先はマリオネットの首元。
マリオネットは別に恐怖する様子もなく両手を挙げて。
「冗談、冗談やって。おっかないなー。新人さんは不憫やねー。でも戦ったらライトよりウチの方が強いんよ」
包丁を突きつけられながら笑顔でそんな事を言ってのけた。樹月はヒヤヒヤして様子を見る。ライトは無表情。
「マリオネット、その辺にしておきなさい。光もね」
と、沙夜。
その一言で、ライトが不服そうに包丁を消す。マリオネットは挙げていた手を下ろし。
「もー、冗談通じへんなー二人ともー」
マリオネットはつまらなそうに、それでも口元は笑顔を絶やさずに文句を垂れる。
沙夜とライトは同時に溜息。
「ところで新人さん、名前はー?」
樹月は急に振られて驚くが。
「倉野樹月、です」
「コードネームはー?」
「コードネーム……?」
今度は少し困った表情。
「え?まだ決まってないん? X-Juidに入ったら必ずコードネームを決めるんよ。任務中とかはコードネームで呼び合う決まりなんよー」
なるほど、ライトやマリオネットというのがコードネームという事か。
「ウチは本名が永久クグツって言うんよ。トワって何かええやろー」
マリオネットは自慢げに。
「え、まあ、はい……」
樹月は反応に困りつつも一応受け答えする。
「あっちの姉ちゃんが沙夜っちで、コードネームがルビームーン。そっちのが光でライト」
(……なるほど)
先ほど、ライトが沙夜にヒカリと呼ばれていた理由が分かった。
「フルネームは紅月光だ」
ライトが補足する。
(アカツキ、か……)
沙夜が蒼月でライトが紅月。どことなく関連性が無くも無い。先ほどの態度などからして、やはりこの二人には何か関係があるのだろうか。
考えても答えが出る筈の無い事を考えていると。
「じゃあ樹月君のコードネームはウチが考えたげるよ」
マリオネットが思いついたように言う。
「何を勝手な……」
ライトが口を挟もうとすると。
「別に良いんじゃないかしら? どの道、正式登録するなら誰が決めても同じよ」
沙夜が言う。
そう言っている間にも、マリオネットは何やら考え込んでいる。
「イツキ……イツキ……。そうやねー。“イツキング”なんてどうや?」
「「「ダサッ」」」
他の三人が口を揃えて言う。マリオネットが仕方ないと言わんばかりの表情で。
「じゃあ“イッツー”」
樹月は今鏡を見たら相当嫌そうな顔をしているだろうな、とか思いつつ。
「マリオネット、貴方には任せられないわ」
沙夜が割り入る。
その姿が何とも頼もしい。
「“クラリン”でどうかしら? 可愛いじゃない」
天使のような笑顔を向けられると困惑するしか出来ない。
ライトがその空気を押しのけ。
「……貴様のコードネームは既に決まっている。思い出せ、あのホームページを」
(……あ)
「“クラヴィウス”……。貴様は“救済者クラヴィウス”だ」
――第2話――
~本拠地~
吸い込まれる。吸い込まれているのだ。いや、この感覚は……落ちている?
……体はぐんぐんと猛スピードで前の方向に引っ張られているのだが、落ちているのとは何か違うような、やはり吸い込まれる感覚。
余りの早さに目も開けられない。もし開けたとしても、長い前髪が目に当たってどのみち閉じてしまうだろう。
体を出来るだけ縮め、その感覚が終わるのを待つ。
……。
終わった。
いや、違う。感覚が変わった。
今度は本当に。
「落ちてる……」
この状況で冷静にそう言えた自分に少し感服。落下など経験した事が無いが、相当な高さだ。かなり時間が立ったころ、ようやく内から少しずつ湧き出て来た恐怖から今にも悲鳴を上げてやろうかと思った瞬間。
どさっ。
落ちた。背中から思いっきり。勿論痛い。ついでにメガネも吹っ飛んだ。
だが別に骨などが折れた感覚でもなく。
「いつまで寝ている? お前の為に貴重な魔力を使ってまで落下ダメージの緩衝をしてやったんだ。早く起きろ」
着地に成功したらしいライトが、また見下し目線で言ってくる。
何の話なのかは分からないが、言う通りにしないと大変な事になりそうなので起きる。これが案外と普通に起き上がれた。やはり体のどこにも骨折どころか掠り傷すら無いようだ。
意外と近くに落ちていたメガネを拾って、かける。辺りを見回すと、とてつもなく広い。石、また石。天井から壁から床までの全てが、灰色や黒や茶色など、地味な色合いの石畳の造りで構造されている。柱が全く無いのに崩れないのが不思議である。恐らくは半円形の空間で、体育館を連想させるドームのような、規模を変えれば、あるいは空のような形をした天井。東京ドームより大きいのでは、と思う。
灯りの類が全く無いのだが何故か明るい。多くの人があっちへ行ったりこっちへ来たり。時折こちらを珍しげに眺めたりもした。そして皆が皆、ライトと同じような純白の服に身を包んでいる、何とも神秘的な光景である。
状況としては、自分がいるのは円形ホールの中心のようなところで、ホールからは無数の、天井の無い、建物を壁にしたような通路が延びている。
例えて言うなら建物がやたらぎっしり詰められた町並みか。そしてそこから色々な所へ繋がっているのだろう。どんな所へ通じているかなど想像出来た事ではないが。
更に樹月の視線を奪ったのは、やや遠くに見える巨大な塔。何かの重要機関だろうか。その外見の高さと荘厳さは東京タワーを連想させ、あまりの圧倒的な大きさに遠近感が狂いそうになった。
まさに、魔法の世界。
見る物全てが新しい、夢のような夢の世界。
辺りを珍しそうにキョロキョロ見回す樹月を他所に。
「さて、入団手続きはどこだったか……」
ライトはさっさとどこかへ歩き出そうとする。
ここでライトが居なくなったら自分は何をすれば良いのか分からない。仕方なく、足早に去るライトを慌てて追いかける。
というか歩くのがかなり速い。
「ま、待って下さい」
「やだ」
即答。
しかも今までの流れで「やだ」?
とにかく、めげずに質問をぶつけてみる。
「ここは、どこなんですか?」
ライトが構わず歩き出したので、樹月もそれに付いて行きながら横から尋ねる。
「X-Juidの本拠地と言っただろう。お前が見ていたサイトに書いてあった通り、東京都の地下深くに魔法で隠してある」
ライトはこっちを見もせずに言う。そんな事、そう簡単に信じる事が出来る訳が無い。
パソコンから出てきたり、巨大包丁を出したり消したり、自分そっくりの何かを出したり、自分をパソコンに引きずり込んだり、物凄い高さから落ちてもケガ一つなかったり、今まで聞いた事も無い不思議な場所に連れて来られたりしてしまった後でも、これは物凄く手の込んだドッキリか何か、はたまた夢だと考えてしまう疑り深いニート思考。
それに……魔法?
「魔法、とは?」
ライトは振り向き、きょとんとした顔で。
「お前……漫画とかアニメとか見ないのか?」
「あ、いや……」
魔法って言葉は知っているが……本当に自分の中で認識されている“魔法”が存在するなど、簡単に信じられる方がどうかしている。
「語感のままだ。魔法……いわば何でもありの世界。先ほどのパソコンは同士に瞬間移動の魔法を使ってもらい、瞬間移動の道をパソコンに繋げて貰ったわけだ。まぁパソコンである必要性は無かったがな」
そう言ってライトは悪戯な笑み。
樹月は絶句した。
本当に、魔法は存在するのか……。
もうこうなったら腹をくくってやる。ドッキリだろうが夢だろうが乗ってやる。要は魔法がある事を信じれば良い。簡単だ。
気づいたら、ホールから続いていた一つの通路に入っていた。天井はホール程高くなくても、十メートル以上はある。両脇は通路というか一つの建物が壁になっている状態で、巨大な扉や小さめの扉など、扉の羅列。
とりあえずこの状況を整理する。
自分がパソコンでサイトを見ていた時、ココ(X-Juidの本拠地らしい)からパソコンまで瞬間移動の道をライトの同士である誰かが魔法を使って作った。
そしてライトは自分の部屋に入ってきて、恐らく周りにバレない為に影武者を魔法で出した。そして理由こそまだ説明されていないが、自分をX-Juidに入団させる為にココへ瞬間移動の魔法で来たという事。
状況が、「魔法が存在する」という事一つで全て説明できてしまった。
溜め息。
抗議したところで今までの流れの通り、ライトには通用しないのだ。ならば、もうどうにでもなってくれ。とも思う反面。
(少し嬉しい……)
自分は「魔法」に憧れていた。
憧れてはいたが、「魔法などという物は無い」と割り切れるくらいの冷静さは持っていたし、諦めも付いていた。
付いていたが、心の奥底の片隅で、そんな世界がある筈だと思ってもいたのだ。
それが今になって現実となったというのなら……信じ難いが、信じたい。
ただし、結論を急いではいけない。今、自分に出来る事は、ライトに付いて行く事だけ。
この後何があるか分からないし、糠喜びだったら立ち直れない。
結局様子見に回る疑り深さ。疑う事ばかりが一丁前の自分が自分で少し嫌になる。
一方ライトはというと、自分に全く興味が無いようで、こちらを見もせず相も変わらぬ早歩き。時折すれ違う仲間と挨拶を交わすくらい。
それにしても、ここX-Juidの本拠地は凄い。
さっきのホールから多くの通路が繋がっていたが、その通路からも更に数多の通路に枝分かれしている。一体どれほどの広さを誇っているのだろう。
だが、広いのだろうがライトは迷う様子もなく、気付いたらライトは一つの大きめな扉の前で立ち止まっていた。慌てて樹月も立ち止まる。
「ここだ」
その扉の上には「魔力伝授所」と書いた木製の立派な看板。
何か凄そう。
漠然とした心境で看板を見上げる樹付き。
ライトはさっさとその大きな扉を引いて開き、中へ入る。中の様子を伺おうと慎重になりつつ樹月も続く。
大きな扉に比べて、部屋は狭い。
床も壁も木で出来ているシックな造り。
樹月の部屋の半分くらいで、ある物といったら待合室などに置いてありそうな横長で木造の椅子が一つと、カウンターのような設備。
その部屋には自分とライト以外誰もいない。カウンターの向こうにも。
「留守だと……? 珍しいな……」
ライトは少し驚き、顔を顰める。そして誰も居ないと分かると直様踵を返して扉に手をかける。樹月もまたそれに付いて行く。
「待って!」
突然、カウンターから女性の声。樹月とライトが同時に振り返る。
「今は魔力伝授係の人が忙しいから、私が代わりにやるわ」
カウンターの向こうに居たのは。
「ルビームーン様……」
ライトが呟く。
樹月が驚く。
驚いたのは、カウンターの向こうに急に女性が現れた事もあるが、ライトが人に「様」を付けて人を呼んだ事。この二人の関係は一体……?
「そんな堅苦しい。沙夜さんで良いわよ」
ルビームーンと呼ばれ、沙夜と名乗った女性はそう言い、クスッと笑った。まるで一輪の花のような愛らしさ。
樹月の第一印象は。
(美しい……)
素直にそう思った。
年は20代前半くらいだろうか。整った顔立ちに美しくなめらかな黒髪を流すように伸ばし、可愛さを思わせる丸い目に、茶色の瞳。口には薄いピンクのルージュを引いて、丁寧な薄化粧は嫌らしさを感じさせない。
ライトと全く同じ服を身に纏い、スラリとした立ち姿であり、その姿勢には微塵の隙も無い。しかしその姿勢は近寄りがたいというよりも頼りになるという雰囲気の方がよく出ていた。
口調からも感じられるまま、日本人女性を代表するように、清楚。そして華麗である。
街に居たら、思わず誰もが立ち止まり、見蕩れてしまうだろう。
その女性の視線が、ライトから自分に移った。目が合った瞬間、不覚にもドキっとしてしまった。
「あなたが倉野さんね?」
「あ、はい……」
ライトとは違って、言葉の一つ一つに優しさを感じる。
「私は沙夜。蒼月沙夜よ。ちなみにその子の先輩。よろしくね」
蒼月沙夜(そうげつさや)と名乗った女性は、おまけにウインクを一つ。
(惚れそう……)
一目惚れなど経験が無いが、この女性になら有り得なくは……。
ゴン。
と、頭部に衝撃が走る。鋭い痛み。
ライトが素拳で一発樹月の後頭部に殴りを入れて来たのだ。
予想外の一撃に、樹月はその場で芋虫のようにのた打ち回る。
「何するんですか……」
痛みが引いてきたところで、樹月がライトに抗議の声をあげると。
「デレデレすんな」
怒りというか苛立ちのような表情を顔に浮かべ、見下し目線で吐き捨てる。
樹月は表情にこそ出していなかったが、その様子から容易に心境が見て取れたのだろう。
その様子を見て、沙夜は苦笑。
「光。貴女の事だから、きっとその子に何も教えてないんでしょう?」
「ヒカリ……?」
樹月が聞き慣れない名前に反応する。沙夜は少し驚き。
「それすらも教えてないのね……」
「……」
ライトは無言で少し俯くだけ。
「まぁ良いわ。どうせ全部説明するんだし、一遍に話しちゃいましょ?」
「え……あ、はい……」
樹月は、何の話をしているのか理解に苦しんだが、事の成り行きに任せるのが得策だと判断した。とりあえず、この沙夜という人がいればライト一人より安心な気がしたからだ。
「さて……立ち話も野暮だし移動しましょうか」
どこへ? と聞く間も与えられず、“移動”は始まっていた。
周りは既に暗黒で、さっきと同じ吸い込まれるような感覚だが、今回はさっきより吸い込まれる感覚が弱い。
例えるならベルトコンベアに乗って前へ進んで行くような。
そしてその感覚もすぐ終わり、気付けば全く違う場所に自分は立っていた。
正方形の黒いタイルが敷き詰められた部屋だ。それ以外に何も無い。自分の近くは灯りも無いのに照らされているが、ずっと向こうはただの闇。何があるのか分からない辺りがある意味恐ろしい。
自分から少し離れた位置に、沙夜とライトが何かを話している。
「じゃ、説明用の配置でお願い」
沙夜の声。
話し終えたようで、ライトが頷いた。
そして、ライトが何も無い空間に手を翳す。
アニメか漫画か何かのように、ライトが手を翳した所へ、ぽんぽんと色々な物が出てくる。
ホワイトボードに、ペンとホワイトボードクリーナー。教卓、机、椅子などなど。
全て出し終えたようで、沙夜が教卓に着く。ライトは少し離れた所に立つ。
樹月はそこへ驚きながら歩み寄る。
「さ、そこに座って」
沙夜が1セットだけ置かれた机と椅子を指差し、促す。樹月は内心唖然として。
「ここは、どこですか」
「異空間よ」
サラリと。
そう言われてもよく分からないが……とか考えつつ席に着いて。
「えっと……何を、するんですか」
沙夜はニッコリと笑みを湛え。
「“魔法”の授業です」
「救裁者クラヴィウス」の登場人物
・倉野 樹月(くらの いつき) 17歳 男
東京都に住んでいるニート。
何事にもやる気になれず、努力という事が苦手。
長い引きこもり生活で体は貧弱。
・紅月 光(あかつき ひかり) 16歳 女
ライトと呼ばれるポニーテールの少女。
ある日突然樹月の目の前に現れ、X-Juidの本拠地へと引きずり込む。
性格は冷静沈着。召喚魔法を使う。
話が進むにつれて随時追加・更新します。
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