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――第5話――
~不条理~
数分後、何とか騒ぎは収まり、見物人もほとんどいない程に減った。
闘技場の中心にある、半径10メートルはあろう円形のリングの上には、6人。
樹月にライト、ブレイクにシンクトゥ、そして決闘をしていた二人――レイとゼーランディア。
そのレイは藍色の髪をワックスで散らした、背が高く今風の青年。本名は海魔陵(かいまりょう)といって、他の物質や生物に変形する、即ち変身魔法を使う、ちょっとオバカだけど気さくで面倒見の良いお兄さんらしい。ちなみに今はライトのせいで体中に打撲の傷を作り、リングの真ん中で倒れている。
片やゼーランディアは、レイよりも少し背が高い。瞳の色と同じ橙色の髪。短めでややウェーブのかかった、温かい印象を与える髪形。今時珍しく紳士であり大和魂の男性だとか。ちなみに、ここの制服はこの人の為に作られたのではないかと思うほど純白の制服が良く似合っている。本名は戒炎零(かいえんぜろ)で、炎や熱を精製、操作する魔法を使えると自己紹介してくれた。今はレイに応急手当として治癒魔法をかけている。
ライトは腕組みをし、不満げにそっぽを向きながらブレイクの説教を受けていた。シンクトゥは別段関わる様子もなく近くにしゃがんで歩く人々か何かを見ている。樹月は何もする事が無いので、その様子を全体から見ているという状況。
ブレイクが子どもを諭す親のようにライトに聞く。
「そもそもどうしてレイに物を投げたんだ?」
「ムカついたから」
即答。
「んな横暴な……」
話を聞きそうにもないライトへの説教はしばらく続く。
ここへ来て何度目かの孤独を味わっていた樹月の興味が、そろそろ他の所へ移ろうかといった丁度その瞬間。
「スキありィッ!」
若々しい声が闘技場に響いた。
治癒魔法を受けて回復したレイが飛び起き、余所見をしていた樹月の背後を取り、後頭部を右手で鷲掴み。
そして一瞬の内に、魔法を発動。
次の瞬間、樹月の姿は変わっていた。
スイカほどの大きさで、ぽよぽよたるんだ楕円形のような物質。
青い半透明で、表面には光沢があり、ぷるぷると小刻みに震えている。
要するに、“スライム”である。
(何だこれ……俺、どうなってんだ?)
ゴーグル越しに見たような、青く半透明の世界が目に映った。
五体の自由は利かず……そもそも手足がないようだ。
スライムの気持ちが少しだけ分かった気がした。
「気絶したフリしてたんですね……」
シンクトゥが言うと。
「通りで妙だと思った……」
と、ブレイク。
「それで治癒魔法をかけ続けても起きなかったんですか……」
ゼーランディアが溜め息混じりに。
「はっはっは! どうだ、凄いだろ! 樹月と言ったか。君もラッキーだな。スライムになれる機会なんて滅多に」
「元に戻せ」
言ったと同時、ライトが跳躍。そのまま凄まじい速度で空中で体を捻り、強烈な回し蹴りをレイの後頭部に打ち込んだ。クリーンヒット。
蹴りとは思えない程爽快で派手な音が響いた。
「っぎゃああああ!!」
叫び声を上げて吹っ飛び、頭を抑えてのた打ち回るレイを、ライトは無情にも踏み付ける。
「やっ、やめっ! も、元っ! 戻すっ! がっ! ぎゃっ!」
ライトは一層楽しそうに、レイを踏み続ける。
(恐っ……!)
スライムになった樹月は、純粋にそう思った。連続で踏み付けしている姿も怖いが、それを楽しそうにやるのがまた恐かった。
「ライトさん、その辺にしませんか? 死んでしまいますよ」
「……そうだな」
ライトは足でレイの腹辺りをぐりぐりしながら頷き、最後にもう一発腹に蹴りを入れてレイから離れた。
レイは白目を剥いている。
(……恐かった)
樹月のその心情を汲み取ってか、ブレイクがしゃがみ込み、スライム姿の樹月に囁く。
「あの顔をよく見ておくと良い……。あれがドSの異名を取る者の表情だ」
樹月は声も出せない状態なので、ぷるぷると震えるだけ。
シンクトゥはボロ雑巾のようなレイを覗き込むように見て。
「あー……今度はホントに気絶してるね」
ゼーランディアは困った顔。
「起きるまで樹月さんを元に戻せませんね……。またレイさんに治癒魔法をかけないと……」
「元はこいつが悪い」
ライトはズタボロなレイを指差し、自分の罪を完全否定。
「まぁ、それはそうなんですけど……」
思わず苦笑いするゼーランディア。
一同は、いつもの事だと割り切った表情で、それぞれため息を吐いていた。
その後、結局その場にいた皆の治癒魔法で回復したレイに、最後にもう一度ライトが蹴りを入れた後、樹月は短かったスライム人生から復帰した。
樹月が戻った後は、ゼーランディアとレイがそれぞれ自分の魔法について説明したり、樹月の練習相手になったりしてくれた。練習の成果は全く出なかったが。
ライトには「才能がまるで無い」とか「帰った方が良いな」とか言われた。ならば何故連れてきたのだろうか、というツッコミは心の片隅に閉まっておいた。
ブレイクの魔法も知りたかったが、「しかる時が来たら」と言いくるめられてしまった。
その後も魔法についてや、X-Juidの施設、最低限覚えておいた方が良い知識など、様々な事を教えてもらった。
ただ、気にかかったのは、誰一人として「過去」を語ろうとしなかった事。
しかし、それは自分も聞かれなかった事なので、無駄に詮索しようとは思わなかった。
それと、気にしていた「自分がX-Juidに連れてこられた理由」についてもカスりもしなかった。
皆があえてその話題に触れまいとしていたように感じたのは気のせいだと思っておく事にした。
十数分ほど話しただろうか。まだ話し足りないとは思ったが、皆任務の予定などもあり、あまり長話は出来ないようだった。
樹月とライトを残し、騒がしかったメンツは各々の行動のため解散した。
闘技場の中心には樹月とライト。
ライトは疲れた様子も無く。
「さて、次だ。そろそろコードネームの登録手続きが済んだ頃だろう」
「と、言うと?」
「制服だ。本当は確認が必要だが……面倒臭い。とりあえず着とけ」
「へ?」
すっかり恒例の「選択権無し」だ。ここの人達はどうやら人権を無視するのがお好きなようだ。
そして、ライトが樹月に手のひらを向けた瞬間、樹月が纏っていたのは今まで自分が見る側だった純白の服。
皮肉だが、樹月には余り似合わない。サイズはピッタリで制服自体はカッコイイ。極めつけは運動用のジャージよりも動きやすい不思議。
樹月が感動に浸っているのを見ているのか見ていないのか、ライトは直ぐにどこかを向く。
「さて、早速任務に移ろうと思ったが……その前にやる事があったな」
休ませてくれそうな様子は一切無い。
「こっちへ来い。新入りが必ずやる仕来りのような物だ。まぁ……無茶をしなければ命までは落とさないだろう」
(……どんだけ)
どんな仕来りだ。何をするのか。一人でやるのか。どこへ連れて行かれるのか。質問は山ほどある。心の準備も出来ていない。
勝手に歩き始めるライトを流石に制止しようと樹月が動いた刹那。
周囲が妙だ。
辺りが霞んで見える……いや、これは……霧?
しかし濃すぎる。1m先すら見えない。当然ライトの姿も。闘技場だった景色は一瞬の内に真っ白な世界に包まれた。
これは魔法か? もしかしてもう先刻言ってた仕来りは始まってるってことか?
どう動けば良いか分からずうろたえる樹月。
ドサリ。
突然、樹月は自分の背中に何かが落ちた感覚を覚えた。
(な、何だ? 奇襲か?)
驚きの余り樹月は振り返るが、何も無い。視界は真っ白。
どうやら“それ”は樹月の後頭部にくっついているようだ。頭をぶんぶん振っても全く取れない。
混乱と恐怖から樹月が叫び声を上げそうになった途端。
「怪しい奴です……。キミ……誰です? 部外者ですか?」
後頭部にくっついた何かが言った。
とりあえず物凄く焦って錯乱状態になりかけてはいたが、話が通じるようなので落ち着いてそのまま話しかける。
「俺は、倉野樹月。コードネームはクラヴィウス。今日ここへ来たばかりです。そういう貴方は、誰ですか……?」
「へー……。うちは雫です。河霧雫。コードネームはミスティアで、れっきとしたX-Juidのメンバーなんですよ」
後頭部にしっかりしがみついたまま、おっとりとしたゆっくりめの口調で、あどけなさを感じる柔らかい声で、河霧雫(かわぎりしずく)は言った。頭に乗ってる重量も考えると、間違いなく子供だ。
「凄いですか? この霧がうちの魔法なんです。もっと頑張れば幻覚とか幻聴も出来るってわけです」
(成る程……)
X-Juidにこんなに小さな子供がいた事にも驚いたが、この子が言っている事が本当なら、霧に幻覚、幻聴という魔法は恐らくとんでもなく強いのだろう。
物理的破壊力は無いが、相手を精神から突き崩す。自分でさえ霧だけであの状態だったのだから、子供とはいえ恐ろしいものだ。
それにしても、後頭部にしがみついたミスティアが中々離れてくれない。降りるようお願いしようと樹月が口を開きかけた瞬間。
「ああああああああぁぁああぁああああっ!!!」
ズドッ。
突如霧の中を叫び声を上げながら突っ込んできた“それ”を避ける事も叶わず、流れに任せて、突進されるまま吹き飛んだ。
樹月はそのまま闘技場のリングの上を滑走し、客席に落ちてようやくその動きを止めた。
しばしの沈黙を破って、いつの間にか樹月の後頭部から離れて無事に着地していたミスティアが言う。
「舞さん何してるんですか……」
樹月に猛烈なタックルを喰らわせた少女は、何事もなかったように立ち上がる。
「あ、どうも雫さんッ! いやはや、その辺を散歩してたら急に辺りが真っ白になったモンで……」
やかましいくらいハイテンション且つ活発な声で述べる。
「で、どうしてクラくんにタックルしたんですか」
意識朦朧とした樹月がリングに這い上がってくる。そしていつの間にか勝手にあだ名を付けられている不条理。
「ノリっす」
不条理。
「納得です」
不条理。
いつの間にか霧も消えてるし。
ミスティアはよく見たら本当に小さい。樹月の膝くらいの身長か。
舞と呼ばれていた少女は、茶髪でやたらボサボサの無造作ヘアー。男性的イメージを受けるサッパリとした顔立ち。しかしその目はくりっと丸く、幼い少女の雰囲気も醸している。
「クラくん生きてるですね。舞さん、挨拶です」
「あ、そうっすね。あたしは胡蝶蘭舞って言うっす。まだ入って数日の新入りっすけど。皆からは舞さんとかトリヲ様とか焼き鳥って呼ばれてるっす。トリヲっていうのは私のコードネームっす。あ、そうそう、焼鳥って言ったらこの前雫さんとあたしがもごがご」
「その話はまた今度にでもするです」
猛烈な速度でまくしたてるトリヲに飛びついたミスティアがトリヲの口を押さえて冷淡な顔をして言う。
それにしてもよく喋る人だ。相手さえいれば一人でずーっと喋り続けられそうだ。
瀕死の樹月の心境を酌んでか、ミスティアが言う。
「こちらはクラくんです。コードネームがクラヴィウスだからって事にしてるです。本名は……忘れたです」
不条理。
「そーっすかー。それじゃ、よろしくっす、プランクトンズさん」
不条理。
ふと、樹月の後ろから声がした。
「ん? そこに居るのはミスティアと……トリヲか?」
「あ、ライトさんこんにちはーです」
「どーもっす」
軽く挨拶を返すミスティアとトリヲ。
「そいつが死にそうなのは……」
ライトが樹月を一瞥して訝しむ。
「あー、大した事ないっす。あたしが吹っ飛ばしただけっすから」
不条理。
「そうか、それなら心配はいらんな」
不条理。
「ところでトリヲ、例の試練はもう行ったか?」
「あ、まだっす。説明は受けたっすけど」
「それならば丁度良い。こいつと一緒に行ってこい」
倒れている樹月を足で突っつくライト。
「ナイスアイディアです」
相槌を打つミスティア。
「え、2人でもおーけーなんすか?」
「ああ、問題無い」
話の意図がいまいち掴めない樹月を他所に、ライトは急に跪き、地に両手を付けた。
青白い光がライトの両手から立ち上ったかと思うと、急に樹月とトリヲの足元に円形の穴がぽっかりと。
「へ?」
まともなリアクションを取る暇さえ与えられず、樹月とトリヲは真っ逆さまに穴の底へと落ちていった。
X-Juidの仕来り……〝試練〟を受けに。
その日2度目の落下をしながら、樹月が途端に思った、たった一つの言葉。
……不条理。
第1幕~完~
――第4話――
~ぶ?~
その後の沙夜、マリオネット、ライトによるコードネームについての三つ巴の口論は省略。
「それじゃあ、登録の手続きは私に任せてね」
そう言い残し、沙夜は笑顔のままフッと、音も無くその場から消えた。瞬間移動の魔法を使ったのだろう。
残ったのは、口論に勝利して少し満足そうなライトと、口論に敗れて部屋の隅で座ってふてくされているマリオネット。この上なく複雑そうな顔をしている樹月の三人。
「さて、コードネームも決まった事だし、決まり通り本拠地を回るとするか。……お前はもう帰って良いぞ、マリオネット」
マリオネットは一層つまらなそうな顔をして。
「えー……ウチも樹月君とデートしたいわー」
「……お前ホントに何しに来た」
果てしなく困った顔をしている樹月を他所に、二人はまた口論になりそうな気配。
樹月が、そろそろ止めに入らなければと思った時。
「あああっ! こんなトコに居たあっ!!」
甲高い声。
ドアを物凄い勢いで開け飛び込んできたのは、マリオネットより年下に見える少女。
例の如く純白の服を着ていて、和服の高級金糸のように滑らかで煌びやかなセミロングで外跳ねの髪を揺らし、目は大きくて丸い印象的な。
肩で息をしているところを見ると、直前まで相当な運動をしていたのだろう。
「あ、見つかってもた」
「見つかってもたじゃなーいっ!」
両手をぶんぶん上下に振り、抗議する金髪の少女。
「ルドナーラか……。どうした?」
ライトが尋ねると。
金髪の少女、ルドナーラは怒った顔でまた声を張り上げる。
「聞いて下さいライトさんっ! マリオネットが任務ほったらかして消えたんですっ!!」
「……」
ギロリとマリオネットを睨むライト。それに合わせてルドナーラもマリオネットへ視線を送る。
マリオネットは困った苦笑いを浮かべて。
「ま、いつもの事やし、ええやん」
「「いつもの事にするなっ!!」」
暫らく口論、もとい三人の醜い喧嘩が続く。
完全に弾かれた樹月は部屋の隅っこで手をかざしてみたり、体に異変が無いか色々と試している。
「大体! 何でこんなトコにいるのっ!?」
ルドナーラに怒鳴られ、マリオネットは多少たじろぎながらも。
「樹月君に会いに来たんよ」
「へっ? 樹月君って?」
あれやー、とマリオネットが部屋の隅を指差す。
樹月も急に指差されて反応する。
「あれ、って……え? もしかして新入りの方ですか……?」
おずおずと尋ねるルドナーラ。樹月は頷く。
「ああっ! すみませんっ! 挨拶が遅れましたっ!! えと……私、神城ですっ。下の名前が水奈で、コードネームはルドナーラです」
ルドナーラは、神城水奈(しんじょうみな)と名乗って可愛らしく微笑む。
とりあえず自己紹介をされたので。
「俺は、倉野樹月。コードネームは……クラヴィウス」
これで良いのかな、とか思いつつも自己紹介してみる。
ルドナーラはまたニコリと笑う。誰も口を入れないということは、これで大丈夫なのだろうと安心。
「私が得意なのは治癒魔法です。よろしくお願いしますっ!」
「治癒魔法?」
樹月が聞き返すと、ルドナーラはまた驚き。
「え……? ああー……まだ全然知らないんですねー。治癒魔法っていうのは言葉の通り、ケガや病気の治療などが出来るんですよ。死人の蘇生は無理ですけど……」
「貴様もよく聞くだろう。ホイミとかケアルとか」
樹月は、ライトの言葉を受け流して。
「それは、すごいですね」
「はいっ! 例えばですね、樹月さんはメガネをかけてるという事は視力が悪いんですよね? そういうのを……」
ルドナーラは、てててと樹月に近づき、樹月の顔面近くに手を翳す。樹月は少々驚きながらも、身を引かずにそのまま立つ。
すると、ルドナーラの手が光ったように見えた後、樹月の目の辺りに、例えるなら風呂に入って疲れが取れていくような暖かい感触。
数秒後、ルドナーラは樹月の顔面近くから手を引き、言う。
「こうやって視力を戻す事も出切るんですよー」
樹月がレンズ越しに見る景色は、ぼやけていた。慌ててメガネを外す。すると、そこには今までレンズ越しに見ていた風景より更に鮮明な世界が映っていた。
「凄い……」
正直に感嘆する。魔法とは本当に何でもありか。樹月は要らなくなったメガネを、とりあえずケースに入れてズボンのポケットに突っ込んでおいた。
「私達は皆が一人一人それぞれ得意な魔法の種類を持ってるんですよー」
ルドナーラは自慢げに。
「まあそれは後々少しずつ分かる事だ。今こいつに話しても説明の時間が無駄だ」
確かに、沙夜が何千や何万もの種類があると言っていた。だがそれら全てを説明されるのは気が遠くなる。
「そうですねー。それじゃ、私はマリオネットを連れて任務に戻りますので!」
「ああ、頼んだ」
ライトが言うと、ルドナーラは未だに文句を垂れているマリオネットの首の後ろ辺りの襟を掴み、子猫を連れて行く母猫のようにマリオネットを引きずって部屋を出て行った。
「樹月くーん。また会おなー」
やがて二人は見えなくなり、部屋に静寂が戻った。
一息。
「ようやく静かになったな……」
「……」
本当に嵐のような人たちだった。
ライトはすぐに踵を返し、ドアを開けて部屋を出る。
「騒がしい奴らも消えた事だし本拠地を回るぞ。付いて来い」
「はい」
二人は、幾重にも繋がる巨大な通路を右へ左へ進んでいく。
途中、道端で見たことの無いような物を売る店があったり、RPG定番の武器屋、防具屋があったり、何かよく分からない異形の物を売っている店があったり、魔法で手品か芸のような物を披露している人がいたり、色々。
それら全てに樹月は好奇心を持ちながら、ライトに付いて行く。歩いてみると、広さに比例し、ここには多くの人が住んでいる事が分かってくる。
すると、何度目かの通路を右に曲がった所で人だかりが見えてきた。ライトも気になったようで、人々が集まる所へ向かう。
通路を進むと、多くの人が樹月が最初に来た広場よりも広い、例えるなら闘技場のような所に集まっている。樹月は一瞬、その人の多さに圧倒される。
「うおぉっ!レイが青龍に変身したっ!」
「すげえ戦いだ!」
「いや、だがゼーランディアも余裕だぞ……!!」
その闘技場のような場所の後ろの方で、前の様子がよく見えないような二人組みが話をしている。
「あれ……何やってるんでしょう」
「……決闘だな。また例の二人だろう」
「好きですね、レイさんも」
「まあ、今日もまたどうせ……ゼーランディアの勝ちだな」
樹月は、人に話しかけるのは得意ではなかったが、少し勇気を出して二人組みに話しかけてみる。
「あの……これは何をやっているんですか?」
会話をしていた二人の男は振り向き。
「ああ、見ての通り、レイとゼーランディアがいつもの決闘をやっている」
初めて聞く名前に、樹月は首を傾げる。
二人の男の背の低い方が、樹月のTシャツ、長ズボン姿を見て。
「あれれ、その格好、もしかして新入りですかね?」
背の低い方が背の高い方に聞く。
「の、ようだな……。一応ルールとして自己紹介をさせてくれ。私は破山道。破山道武(はざんどうぶ)っていうのがフルネームなんだがな。で、コードネームはブレイクだ」
白髪で長髪。昔の西洋貴族のようにオールバックにして整えられた髪形。
背は高く、高貴でカリスマ的雰囲気をバリバリ漂わせてはいるが、嫌味な素振りはなく、むしろ人見知りする樹月が話しかけられたほど、接しやすいオーラが出ている。ついでに、キリッとした顔立ちが物凄くイケメン。
ココの人たちが着ている純白の服も、この人が着ているだけでまるで貴族服のよう。キッチリと着こなし、バッチリ決まっている。
それにしても。
ぶ?
今、ぶ、って言った?
名前が、ぶ?
珍しい人もいるものだ、と樹月が関心している間に、ブレイクの隣にいたもう一人の男が樹月ではないどこかを見ながら自己紹介をする。
「僕、ひとし。山田ひとし。コードネームはシンクトゥ。よろしく」
これまた不思議なオーラを発する人だ。樹月が高校に通っていた頃にも、こういうユルくて不思議なオーラを発する人がいた。まあ当然の如くクラスメイトからは引かれていたが。
この人もまた結構な長身で、髪の毛は悪い例えを用いるなら埃のような灰色。手入れがされている風ではなく、ボサボサ無造作ヘアー。やっぱり埃。
顔もこれ以上なくユルい。ボーっとしていて口は半開き。目線の焦点も定まっておらず、物凄い勢いで虚空を掴んでいる。
服も、面倒臭がりの中学生のようなダラしなさ。このキッチリした武と何故一緒にいるのか不思議なほど正反対。
「俺は、倉野樹月です。コードネームは、クラヴィウス。どうぞよろしく……」
で、頭を下げる。
それを聞いて、武は驚いたように。
「ん? 倉野樹月って言ったら……」
続いてシンクトゥも思い出したように。
「あ……今日連れてきた新人の名前と同じですね」
「俺を知ってるんですか……?」
ブレイクは頷き、シンクトゥの肩に手を置く。
「知ってるも何も、こいつ……シンクトゥは君をここへ連れてくるための瞬間移動の“道”を作った張本人だ。間接的に連れてきた事になる」
ということは……この男、シンクトゥは、ライトが言っていたパソコンとこことを繋いだ同士という人なのだろう。そういう専門の人がいるという事は、そういう事が出切るのは恐らく凄い事なのだ。
にしても、これは何かの縁だろうか。
「まさか、そんな人に会えるとは、思いませんでした」
樹月は心からそう思う。間接的ではあるが、この人も自分を別世界へ連れてきてくれた人。感謝したいと思った。
「私達も驚いたよ。だが、“魔力”とは“引き合う力”でもあると聞く。それは運命のようなもので、決して偶然ではないのかもしれないな」
武は、この出会いに対してか、その法則に対してか、満足げに頷く。
「ところで、君の“付き人”は……?」
しばらく何も言っていなかったシンクトゥが、急に場の空気を壊し、樹月ではないどこかの一点を見つめながら聞いてくる。
「付き人……?」
樹月は人の目を見ずに話すシンクトゥの態度に少し戸惑いながらも、初めて聞く単語に反応する。
「ああ、君を連れてきた人の事だ。ココに慣れるまで、しばらくはその人が付き人となり、案内や説明などをするのが仕来りなのだが……」
樹月が顔をしかめて頭に疑問符を浮かべたので、ブレイクが補足をする。
樹月はそれを理解し、
「では、ライトさんの事ですね」
突如。
ずざざっと、二人が敏感に反応し、その場から2、3歩引いた。二人とも驚きを隠せない様子。
しかし、むしろ驚いたのは樹月の方。
「どう、したんですか……?」
慌てて尋ねると。
「倉野君、可哀想だな……」
「哀れというか……」
「……?」
やはり、ライトとはそれだけ別の意味で凄いという事?
「だって……“あの”ライトだろう?」
「“あの”ライト……」
よく見ると、二人の目線の先は自分ではなく、その後ろ……?
「……?」
そういえば、会話に夢中でライトの事をすっかり忘れていた。自分を置いてどこかへ行ってしまったのか?
「倉野君……回れ右だ。ゆっくりと」
「そう、焦らず……」
「……?」
それにしても、何やら周りが妙に騒がしい。
とりあえず、二人に言われた通り、ゆっくりと回れ右をしてみると。
「うらああああああっ!!」
まるで酔っ払ったかのように、物凄い声をあげて闘技場の中心へ物を投げるライトが、少し離れた所に居た。
男が大人数で止めようとするが、ライトは止まる様子もなく、次から次へとビンやバットやガラクタを召還し、投げる、投げる、投げる。
樹月はただ唖然とし、後ろの二人は同時にため息。
「死ねえええええっ! レイッ!!」
何かを叫びながら、ひたすら、投げる。
樹月はどうする事も出来ず、ただその状況を、終わりが来るまで呆然と見ている事しか出来なかった。
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