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――第1話――
~パソコンから美少女~
――東京。
ある夏の日の夕方のとある街。
日は既に没しかけ、東の空が少しずつ夜へと染められていく。
高層ビルが背比べをするように立ち並び、傾く夕日を遮っている。
そんなビルの中に隠れるように、こじんまりとした異質なアパートが一つ。
アパートの2階の、とある部屋。フローリングで、4畳半ほどの地味な造り。
パソコンが乗ったデスク、タンスや本棚、ベッドなどが適当に置かれ、ベッドの上や床には雑誌やマンガなどが数多散らばっている。
壁には大小様々なポスターがこれでもかと張り付けられている。
明かりは万全だが、部屋の空気は悪く、冷房も寒い程にガンガンである。
その中で、一人の青年が背もたれ付きのイスに座り、ただひたすら、画面を睨むように見つめている。そして時々無言で笑みをこぼす、という何とも不気味な光景。
倉野 樹月である。
髪は前髪・後ろ髪関係無しに伸び放題。色は毒々しいというより鮮やかな紫。痩せ細り、見るからに軟弱そうな体系。外出していない事を象徴するように肌は白い。
目は丸みがあり子どもっぽく、瞳は黒。目の下にクマがあるように見えるが、本人は目の疲れなどは全く気にしていないようだ。
何の特徴も無い白いTシャツに黒の長ズボンで裸足と、現代社会においてファッションのカケラも無い格好。かけているメガネもやはり地味な黒縁。
そんな青年が、ただひたすらに画面を見つめる。
樹月が一体何を見ているのかは想像に難くない。ただ、そこから何か発展があるわけでもなく、時間など関係の無い生活がそこにあるだけ。
そして樹月は、今日もまたネット上を飛び回る。
適当に自分好みのイラストサイトなどを見て回っていると、ふと一つのサイト名が目に入った。
(救裁団〝X-Juid〟……?)
聞いた事も無い集団の名前。「エックスジャイド」と読むらしい。何かのアニメか漫画だろうか。全く聞いた事が無い。
自分の嗜好に合う物なのかは全く分からなかったが、不思議な魅力に惹かれて興味本位でリンク先をクリック。
やはりアニメのようだ。深夜の時間帯らしい。サイトは見やすく、綺麗にできている。
まずはオーソドックスに「ストーリー」の文字にポインターを運び、クリック。
――職を持たない一人の青年「クラヴィウス」の前に突如現れた少女「ライト」。
ライトはクラヴィウスを引っ張って、裏組織「X-Juid(エックス―ジャイド)」に無理矢理入団させる。
X-Juidの本拠地は、東京の都心の地下深くに隠れれていた。そこでは「魔法」の存在が当たり前。
そこでクラヴィウスは様々な登場人物と出会い、次々とトラブルに巻き込まれる……。
世間からニートと呼ばれる、冷めた青年の熱い物語が、ここに開幕――
(へぇ……)
特に感想は無かった。今時こういう話も珍しくないし、大きな感動も無かった。
ただ、興味はある。何か共感する面があるとでもいうのだろうか。
続けてマウスを動かし「登場人物」をクリック。
~クラヴィウス~
本編の主人公。
16歳。私立高校を途中で中退し、家に引きこもっていたとこを突如現れた少女「ライト」に裏組織「X-Juid」に入団させられる。
基本やる気が無く、何事にも真剣になれない。
魔法の腕はダメダメに超が付くほど。
その後も、色々とプロフィールのような物が書き連ねられていた。そしてそれらを見れば見るほど。
(俺に、似ているな……)
そう思った。いや、共感させるという手段だろうか。冷静になって裏を読んだりしてみるものの、興味は湧いてくるのが不思議だ。
クラヴィウスの説明を読み終え、画面を下にスクロール。ふと、マウスを握る手が止まる。
主人公、クラヴィウスの画像だ。
クオリティが異常に高く、今時らしさを醸している画像だが、それはさておき。紫色の髪に細い体。
その他様々な特徴を見て、樹月は驚愕した。
(……俺?)
そう思ってしまう程、クラヴィウスの容姿は自分に似ていた。瞳の色や目つきなど、まるで自分をモデルにしたのではと錯覚する程に。
樹月の心臓が少し高鳴る。
(一体どういう……いや、まさかな……)
自意識が過ぎたと反省し、画面をまた下へスクロール。
~ライト~
本編のヒロイン。
世間からニートと呼ばれるクラヴィウスを、裏組織X-Juidに入団させたポニーテールの美少女。
その顔からは想像もつかないほど冷酷でサディストとまで言われる。
召還魔法を操る。
その後もまた、クラヴィウスと同じように説明書きが色々。
(細かい設定だな……)
それらの説明を見ているだけで、この物語が本当に現実として起こり得そうなくらい、設定は細かく記されていた。
画面をスクロールさせながら適当に流し読みすると、ライトの画像に行き着いた。やはり、画質はハイクオリティ。
中学生くらいの年齢だろうか。恐らく組織――X-Juidの制服であろう純白の清楚な服を着ている。身長はクラヴィウスより低め。例えるならサファイアのような色をした長い髪を後ろで一つにまとめたポニーテール。整った顔立ちで、女性らしからぬ鋭い目に、無表情。プロフィールの通り、冷酷さが伝わってくる。
それを見た樹月の第一の感想としては。
(……好み)
ポニーテールにサディストという異質な特性にもどことなく惹かれる。
そう思った樹月の取るべき行動は一つ。
さっきのクラヴィウスの事など忘れ、カーソルをライトの画像に合わせ、マウスの右ボタンをクリック。保存をするのみ。
途端。
パソコンの画面が揺れた。
いや、他にどう表現したものか。とにかく揺れたのだ。
(……ウイルス? 右クリックしたから……?)
解除しようといくつかの手段を試してみるが、完全にフリーズしたようだ。
ライトの画像が出ている画面が、ただ揺れるだけ。
(新しいウイルスだな……右クリックで感染とは……)
と、意味不明な納得をしてみるものの。
どうしたものか。
とりあえず色々な手段を試してみるが、どうともならないので主電源を落とそうと手を伸ばした時。
急に画面から手が出てきた。
「うわっ!」
つい声を出して、イスごと飛びのいてしまった。思えば笑い声以外で声を出したのも随分と久しぶりな気がした。
その手は出てきて、少し動きを止める。色は白く、細長い指。女性の手か。
(何だこれ……3Dウイルスか? いや、ホラーか?)
などと、自分でも訳の分からない事を考え。
(うわ、どうしようこれ……)
また、どうにもならない事を考えていると。
一瞬は止まっていた手がまた動き始め、パソコンの辺りを探り出した。そしてパソコンの画面の淵を掴み、一気に〝それ〟は出てきた。
驚きで声も出ない。
自分とパソコンの間に悠然と立ち、自分を見下している〝それ〟は、紛れもなく。
「ライト……」
ようやく絞り出した声がそれだった。
顔も髪型も服装も、全てがさっきの画像の生き写し。相違点を挙げるなら、3Dになっている事だけ。二次元が三次元。だが、驚いたのはそんな事ではなく、パソコンから人間が出てきた事。何かのドッキリにしては余りにも出来すぎている。
そこに立っていた少女は樹月を見て表情を変えずに言う。
「いきなり人の事を呼び捨てにするとは、マナーがなってないな。倉野樹月」
それはアンタもだ、と切り返す度胸や余裕は無かった。ただイスに座ったまま動くことすら出来ず、目の前で起こっている事態に唖然とするだけ。
パソコンから出てきた少女は紛れも無く人間。
有り得ない事が起こってしまっている。
「あー……まあそう怯えるな。私はお前を殺しなどに来た訳ではない」
では、何をしに? と、心の中だけで問うと、ライトはそれを樹月の訝しげな表情から察して言う。
「半殺しに来た」
その眼差しは真剣そのもの。睨むようでもなく、ただ樹月を見る。
樹月の体は本格的に震え始めていた。
(やばい……このままじゃ何か知らないけど殺られる!)
「……というのは冗談だ。パソコンから出てきたのも、ほんの冗談に過ぎない」
冗談でどうやってパソコンから出てくるんですか。
「このサイトも魔法で映し出したでっち上げだ。まあドッキリだとでも思えば良い」
出てきた事はドッキリじゃないんですか。
とにかく呼吸を整え、精神を落ち着ける。急に現れたこの少女のペースに持っていかれたら終わりだ。何をされるか分からない。何かを話せば良い。とりあえず何でも良いから質問をする。
恐怖で引きつっている上、しばらくまともに言葉を発しなかった口を無理矢理動かし、片言で話す。
「あなたは、誰ですか」
そう樹月が問うと、少女はイスに座る樹月を軽蔑するように見下して言う。
「お前はさっきまでそのパソコンで何を見ていたんだ?」
という事は、やはりこの少女はライトなのか。さっきもライトと呼んで否定しなかったのだし、そうとしか思えないのだが……もう何がなんだか分からない。
「では、何をしに来たんですか」
すると少女、ライトは思い出したように。
「そうだな。折角わざわざこんな狭い上に臭くて汚い部屋に、無職で無力なお前などに会いに来たんだ。話してやろう」
言いたい放題。
刹那。
何をしたのだろうか、ライトは刃渡り2メートルにも及ぶ巨大な包丁を、樹月の首元に突きつけていた。
心臓が口から飛び出る程の衝撃。息すら出来ない。
これが、魔法――!?
「何となく察しているとは思うが、お前に〝X-Juid〟に入団してもらう」
ライトの口元には悪戯な笑み。ぎらりと鈍色に光る巨大包丁の切っ先には微塵の震えも無い。
「詳しく、教えていただかないと……」
ライトは悪魔のように冷たい笑みを絶やさず。
「説明は後だ。黙って付いて来て生きるか、死ぬか。どちらか選べ」
「つ、付いて行きます」
即答。
いや、選ぶ時間など与えられなかったに等しい。樹月にはこの状況で、肯定する以外の方法は何も思い付かなかった。
「さて、そうと決まったら……」
ライトは面倒そうに、且つ何事も無かったかのように包丁をどこへともなく消し去る。
「イスからどけ」
樹月は呆然としていたせいで、一瞬何を言われたか分からなかったが。
「あ、はい……」
体は震えてはいたが、何とか動く。ゆっくりと立ち上がり、数歩、横に避ける。ライトからは目を離さない。否、離せない。
ライトは樹月が座っていたイスに向けて手をかざす。すると、先ほどの包丁と同じように、一瞬で何かが現れた。
「……へ?」
思わずまた変な声を出してしまった。イスに座る〝それ〟は。
「少し失敗したが、まぁ大丈夫だろう」
ライトの言葉など最早耳に入らない。
そこに自分がいる。自分がそこに無表情で座っている。
「召還ではなく反射にしておけば良かったか……しかし反射は苦手だからな……」
ライトはイスに座る樹月そっくりのそれを見ながら、手を口元に当て、理解できない事を呟く。
その空気に耐えかねた樹月が口を開く。
「あの……」
「さて、影武者も作った。何を突っ立っている? 行くぞ」
話しかけようとしたところを話しかけ返された。
少々の間をおいて、
「えっと……どこへ、ですか」
ライトはニヤリと笑い。
「X-Juidの本拠地に決まっているだろう」
そう言うと、間髪入れず樹月の腕を乱暴に掴み、再びパソコンの中へ、樹月と共に飛び込んだ。
<<何か変な臭いがする! あ、自分の臭いか。 | HOME | もふもふ>>