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大樹のタネ

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2025/04/29 06:27
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 ――第2話――

 ~本拠地~

 

 吸い込まれる。吸い込まれているのだ。いや、この感覚は……落ちている?
 ……体はぐんぐんと猛スピードで前の方向に引っ張られているのだが、落ちているのとは何か違うような、やはり吸い込まれる感覚。
 余りの早さに目も開けられない。もし開けたとしても、長い前髪が目に当たってどのみち閉じてしまうだろう。
 体を出来るだけ縮め、その感覚が終わるのを待つ。

 ……。

 終わった。

 いや、違う。感覚が変わった。

 今度は本当に。

「落ちてる……」
 この状況で冷静にそう言えた自分に少し感服。落下など経験した事が無いが、相当な高さだ。かなり時間が立ったころ、ようやく内から少しずつ湧き出て来た恐怖から今にも悲鳴を上げてやろうかと思った瞬間。

 どさっ。

 落ちた。背中から思いっきり。勿論痛い。ついでにメガネも吹っ飛んだ。
 だが別に骨などが折れた感覚でもなく。
「いつまで寝ている? お前の為に貴重な魔力を使ってまで落下ダメージの緩衝をしてやったんだ。早く起きろ」
 着地に成功したらしいライトが、また見下し目線で言ってくる。
 何の話なのかは分からないが、言う通りにしないと大変な事になりそうなので起きる。これが案外と普通に起き上がれた。やはり体のどこにも骨折どころか掠り傷すら無いようだ。
 意外と近くに落ちていたメガネを拾って、かける。辺りを見回すと、とてつもなく広い。石、また石。天井から壁から床までの全てが、灰色や黒や茶色など、地味な色合いの石畳の造りで構造されている。柱が全く無いのに崩れないのが不思議である。恐らくは半円形の空間で、体育館を連想させるドームのような、規模を変えれば、あるいは空のような形をした天井。東京ドームより大きいのでは、と思う。
 灯りの類が全く無いのだが何故か明るい。多くの人があっちへ行ったりこっちへ来たり。時折こちらを珍しげに眺めたりもした。そして皆が皆、ライトと同じような純白の服に身を包んでいる、何とも神秘的な光景である。
 状況としては、自分がいるのは円形ホールの中心のようなところで、ホールからは無数の、天井の無い、建物を壁にしたような通路が延びている。
例えて言うなら建物がやたらぎっしり詰められた町並みか。そしてそこから色々な所へ繋がっているのだろう。どんな所へ通じているかなど想像出来た事ではないが。
 更に樹月の視線を奪ったのは、やや遠くに見える巨大な塔。何かの重要機関だろうか。その外見の高さと荘厳さは東京タワーを連想させ、あまりの圧倒的な大きさに遠近感が狂いそうになった。
 まさに、魔法の世界。
 見る物全てが新しい、夢のような夢の世界。
 辺りを珍しそうにキョロキョロ見回す樹月を他所に。
「さて、入団手続きはどこだったか……」
 ライトはさっさとどこかへ歩き出そうとする。
 ここでライトが居なくなったら自分は何をすれば良いのか分からない。仕方なく、足早に去るライトを慌てて追いかける。
 というか歩くのがかなり速い。
 
「ま、待って下さい」
「やだ」

 即答。

 しかも今までの流れで「やだ」?
 とにかく、めげずに質問をぶつけてみる。
「ここは、どこなんですか?」
 ライトが構わず歩き出したので、樹月もそれに付いて行きながら横から尋ねる。
「X-Juidの本拠地と言っただろう。お前が見ていたサイトに書いてあった通り、東京都の地下深くに魔法で隠してある」
 ライトはこっちを見もせずに言う。そんな事、そう簡単に信じる事が出来る訳が無い。
 パソコンから出てきたり、巨大包丁を出したり消したり、自分そっくりの何かを出したり、自分をパソコンに引きずり込んだり、物凄い高さから落ちてもケガ一つなかったり、今まで聞いた事も無い不思議な場所に連れて来られたりしてしまった後でも、これは物凄く手の込んだドッキリか何か、はたまた夢だと考えてしまう疑り深いニート思考。
 それに……魔法?
「魔法、とは?」
 ライトは振り向き、きょとんとした顔で。
「お前……漫画とかアニメとか見ないのか?」
「あ、いや……」
 魔法って言葉は知っているが……本当に自分の中で認識されている“魔法”が存在するなど、簡単に信じられる方がどうかしている。
「語感のままだ。魔法……いわば何でもありの世界。先ほどのパソコンは同士に瞬間移動の魔法を使ってもらい、瞬間移動の道をパソコンに繋げて貰ったわけだ。まぁパソコンである必要性は無かったがな」
 そう言ってライトは悪戯な笑み。
 樹月は絶句した。
 本当に、魔法は存在するのか……。
 もうこうなったら腹をくくってやる。ドッキリだろうが夢だろうが乗ってやる。要は魔法がある事を信じれば良い。簡単だ。
 気づいたら、ホールから続いていた一つの通路に入っていた。天井はホール程高くなくても、十メートル以上はある。両脇は通路というか一つの建物が壁になっている状態で、巨大な扉や小さめの扉など、扉の羅列。

 とりあえずこの状況を整理する。
 自分がパソコンでサイトを見ていた時、ココ(X-Juidの本拠地らしい)からパソコンまで瞬間移動の道をライトの同士である誰かが魔法を使って作った。
 そしてライトは自分の部屋に入ってきて、恐らく周りにバレない為に影武者を魔法で出した。そして理由こそまだ説明されていないが、自分をX-Juidに入団させる為にココへ瞬間移動の魔法で来たという事。

 状況が、「魔法が存在する」という事一つで全て説明できてしまった。

 溜め息。
 抗議したところで今までの流れの通り、ライトには通用しないのだ。ならば、もうどうにでもなってくれ。とも思う反面。

(少し嬉しい……)

 自分は「魔法」に憧れていた。
 憧れてはいたが、「魔法などという物は無い」と割り切れるくらいの冷静さは持っていたし、諦めも付いていた。
 付いていたが、心の奥底の片隅で、そんな世界がある筈だと思ってもいたのだ。
 それが今になって現実となったというのなら……信じ難いが、信じたい。
 ただし、結論を急いではいけない。今、自分に出来る事は、ライトに付いて行く事だけ。
 この後何があるか分からないし、糠喜びだったら立ち直れない。
 結局様子見に回る疑り深さ。疑う事ばかりが一丁前の自分が自分で少し嫌になる。
 一方ライトはというと、自分に全く興味が無いようで、こちらを見もせず相も変わらぬ早歩き。時折すれ違う仲間と挨拶を交わすくらい。

 それにしても、ここX-Juidの本拠地は凄い。
 さっきのホールから多くの通路が繋がっていたが、その通路からも更に数多の通路に枝分かれしている。一体どれほどの広さを誇っているのだろう。
 だが、広いのだろうがライトは迷う様子もなく、気付いたらライトは一つの大きめな扉の前で立ち止まっていた。慌てて樹月も立ち止まる。
「ここだ」
 その扉の上には「魔力伝授所」と書いた木製の立派な看板。
 何か凄そう。
 漠然とした心境で看板を見上げる樹付き。
 ライトはさっさとその大きな扉を引いて開き、中へ入る。中の様子を伺おうと慎重になりつつ樹月も続く。
 大きな扉に比べて、部屋は狭い。
 床も壁も木で出来ているシックな造り。
 樹月の部屋の半分くらいで、ある物といったら待合室などに置いてありそうな横長で木造の椅子が一つと、カウンターのような設備。
 その部屋には自分とライト以外誰もいない。カウンターの向こうにも。
「留守だと……? 珍しいな……」
 ライトは少し驚き、顔を顰める。そして誰も居ないと分かると直様踵を返して扉に手をかける。樹月もまたそれに付いて行く。
「待って!」
 突然、カウンターから女性の声。樹月とライトが同時に振り返る。
「今は魔力伝授係の人が忙しいから、私が代わりにやるわ」
 カウンターの向こうに居たのは。
「ルビームーン様……」
 ライトが呟く。
 樹月が驚く。
 驚いたのは、カウンターの向こうに急に女性が現れた事もあるが、ライトが人に「様」を付けて人を呼んだ事。この二人の関係は一体……?
「そんな堅苦しい。沙夜さんで良いわよ」
 ルビームーンと呼ばれ、沙夜と名乗った女性はそう言い、クスッと笑った。まるで一輪の花のような愛らしさ。
 樹月の第一印象は。

(美しい……)

 素直にそう思った。
 年は20代前半くらいだろうか。整った顔立ちに美しくなめらかな黒髪を流すように伸ばし、可愛さを思わせる丸い目に、茶色の瞳。口には薄いピンクのルージュを引いて、丁寧な薄化粧は嫌らしさを感じさせない。
 ライトと全く同じ服を身に纏い、スラリとした立ち姿であり、その姿勢には微塵の隙も無い。しかしその姿勢は近寄りがたいというよりも頼りになるという雰囲気の方がよく出ていた。
 口調からも感じられるまま、日本人女性を代表するように、清楚。そして華麗である。
街に居たら、思わず誰もが立ち止まり、見蕩れてしまうだろう。

 その女性の視線が、ライトから自分に移った。目が合った瞬間、不覚にもドキっとしてしまった。
「あなたが倉野さんね?」
「あ、はい……」
 ライトとは違って、言葉の一つ一つに優しさを感じる。
「私は沙夜。蒼月沙夜よ。ちなみにその子の先輩。よろしくね」
 蒼月沙夜(そうげつさや)と名乗った女性は、おまけにウインクを一つ。

(惚れそう……)

 一目惚れなど経験が無いが、この女性になら有り得なくは……。
 ゴン。
 と、頭部に衝撃が走る。鋭い痛み。
 ライトが素拳で一発樹月の後頭部に殴りを入れて来たのだ。
 予想外の一撃に、樹月はその場で芋虫のようにのた打ち回る。
「何するんですか……」
 痛みが引いてきたところで、樹月がライトに抗議の声をあげると。
「デレデレすんな」
 怒りというか苛立ちのような表情を顔に浮かべ、見下し目線で吐き捨てる。
 樹月は表情にこそ出していなかったが、その様子から容易に心境が見て取れたのだろう。
 その様子を見て、沙夜は苦笑。
「光。貴女の事だから、きっとその子に何も教えてないんでしょう?」
「ヒカリ……?」
 樹月が聞き慣れない名前に反応する。沙夜は少し驚き。
「それすらも教えてないのね……」
「……」
 ライトは無言で少し俯くだけ。
「まぁ良いわ。どうせ全部説明するんだし、一遍に話しちゃいましょ?」
「え……あ、はい……」
 樹月は、何の話をしているのか理解に苦しんだが、事の成り行きに任せるのが得策だと判断した。とりあえず、この沙夜という人がいればライト一人より安心な気がしたからだ。
「さて……立ち話も野暮だし移動しましょうか」
 どこへ? と聞く間も与えられず、“移動”は始まっていた。
 周りは既に暗黒で、さっきと同じ吸い込まれるような感覚だが、今回はさっきより吸い込まれる感覚が弱い。
 例えるならベルトコンベアに乗って前へ進んで行くような。
 そしてその感覚もすぐ終わり、気付けば全く違う場所に自分は立っていた。
 正方形の黒いタイルが敷き詰められた部屋だ。それ以外に何も無い。自分の近くは灯りも無いのに照らされているが、ずっと向こうはただの闇。何があるのか分からない辺りがある意味恐ろしい。
 自分から少し離れた位置に、沙夜とライトが何かを話している。
「じゃ、説明用の配置でお願い」
 沙夜の声。
 話し終えたようで、ライトが頷いた。

 そして、ライトが何も無い空間に手を翳す。

 アニメか漫画か何かのように、ライトが手を翳した所へ、ぽんぽんと色々な物が出てくる。
 ホワイトボードに、ペンとホワイトボードクリーナー。教卓、机、椅子などなど。

 全て出し終えたようで、沙夜が教卓に着く。ライトは少し離れた所に立つ。
 樹月はそこへ驚きながら歩み寄る。
「さ、そこに座って」
 沙夜が1セットだけ置かれた机と椅子を指差し、促す。樹月は内心唖然として。
「ここは、どこですか」
「異空間よ」
 サラリと。
 そう言われてもよく分からないが……とか考えつつ席に着いて。
「えっと……何を、するんですか」
 沙夜はニッコリと笑みを湛え。
「“魔法”の授業です」

 

 

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